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2008年11月

デジタルとアナログの融合(2)

2.デジタル思考一辺倒の限界

 学生時代、塾講師のアルバイトで感じたことが1つあった。それは、子どもたちの思考はデジタル化、すなわち、感情・行動・理解度のバリエーションが少なく、パターンの2極化が進んでいるように感じたのである。例えば、好きな先生には、どんどん話しかけ、色んな相談もし、言うこともよく聞くが、嫌いな先生の言うことには全く耳を傾けず、口も利かず、人格や容姿まで否定する。そのギャップの激しさに驚いたのである。また、勉強のやる気がある時とない時の差も激しい。学力低下が叫ばれて久しいが、勉強のできる子が減少しているのではなく、できる子とできない子のギャップが拡大しつつある、という方が正しいのではないかという印象を受けた。すなわち、好きか嫌いか、するかしないか、できるかできないか…という、01かの世界へと近づきつつあると感じたのである。そこには、嫌いであるけれども頑張って好きになる、とか、できないけれども頑張ってできるようになる、といったアナログ的な感情  粘り強さ、根気良さの欠如が見られるのである。

現代の職場もまたデジタル的になっている。とりわけ大企業では、業務内容が高度な専門性を帯びて細分化され「ここまでは自分の仕事、ここから先はあの人の仕事」という具合に、離散的に物事を切って処理する業務体系になってきている。すると、物事を1つ進めるためには様々な部門をまたぐため、多くの時間を費やされ、トラブルが増え、効率も悪くなる。また、そのようにデジタル化された組織では、責任のなすりつけ合いも度々起こる。そこからは、決して「思いやり」「助け合い」といったものは決して生まれない。先日、大学時代の友達と食事をした時に、その中の1人が「大変なことは、職場の人間関係がドライなこと。」と言っていた。会社は社員11人のモチベーションを上げることに苦心しているが、デジタル思考にはその解決策を打ち出す能力はない。さらに、企業の不祥事も全てデジタル思考からくると考えられる。何故、企業は不祥事を起こすか?それは、ノルマを達成したいから、利益を拡大したいから、である。では、いつのノルマか・利益か?不祥事を起こす時、それは決まって“今”である。そこに“未来”の視点は皆無である。短い時間的枠組みで切ったある1点で物事を捉えるために、“今”の先にある“未来”とのつながりを忘れ、“今”を満足させるために“未来”を台無しにしてしまう、という皮肉な結果を生むのである。すなわち、デジタル思考のみでは、企業は“今”を超えることは不可能なのである。

 このように考えてくると、現代社会はデジタル思考に偏った傾向にあるが、それでは人も企業も各々の持つ潜在的な能力を最大限に発揮することは不可能ではないか。もし人がデジタルのみで完全に成立するならば、人はそれをロボットと呼ぶのではないか。換言すれば、デジタル思考は無機的ともいえる。企業のような組織が情報処理しやすいように、インフラ(人・もの・カネ・時間)をカテゴリー別に分類し、整理し、管理する。それはデジタル思考の担当である。しかし、その無機的な集合体を機能的な有機体へと飛躍発展させるためには、デジタル思考とは対極にあるアナログ思考の役割が必要不可欠なのである。アナログ思考がもたらす「全体と個とのつながり」を認識して初めて、デジタル的に存在していたインフラが抜群に機能し、未知の相乗効果を生み出しうるのではないかと考えられるのである。

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デジタルとアナログの融合(1)

以前、日刊工業新聞主催のフレッシャーズ産業論文コンクールに会社を通じて応募した。

すると、新入社員約650名の中から、会社代表10名に選ばれ、その後、新聞社での選考を経て、なんと「奨励賞」という賞をいただいた。

そこで、ご参考に論文の内容を披露いたします。                                                                                                                 

1.デジタルとアナログ

 現在、私たちの身の回りには携帯電話、デジカメ、次世代テレビ、などの様々なデジタル製品が溢れている。情報伝達手段もデジタル化が進み、デジタル通信によってグローバル社会が到来し、私たちは日ごとに世界とのより大きな「つながり」を意識せずにはいられなくなっている。世界の国々は国境、民族、文化、言語の枠によってデジタル的に区分され理解されることが多いが、デジタル技術の発達によって、世界はデジタル化が進むどころか、むしろ「アナログ」的関係を構築しつつある。「The World Is Flat」だとトーマス・フリードマンは著書「フラット化する世界」の中でこう表現している。すなわち、それが「アナログ」である。

 それでは、デジタル社会の生みの親である企業はどうであろうか?企業は組織であり、根本には人と人との交わりがあり、「信頼関係」が明日の全てを担う。その「信頼関係」は「つながり」であり、「アナログ」的である。一方で、組織には「部門」というものが存在する。それは担当業務等のカテゴリー別に分類・管理され、「デジタル」的な仕組みになっている。

 このように、ある1つの事象を吟味して考えてみると、デジタルとアナログの二面性があることに気づく。本論では、アナログ的関係を強めつつあるグローバル社会において、企業が明日を生きるために必要なことは何か?ということをデジタルとアナログの観点から追究してみたい。

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